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東京高等裁判所 昭和45年(う)309号 判決

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事辰巳信夫提出、東京地方検察庁検察官検事高橋正八作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、被告人両名の弁護人大野正男等作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次ぎのとおり判断する。

論旨第一について。

所論の詳述するところは、要するに、本件集団の羽田空港ロビー内および同所からレストラン「オアシス」前附近に至るまでの一連の行動は、その目的、態様、規模および状態のいずれの面から考察しても、集団示威運動そのものであることに疑いはなく、このような無許可の集団示威運動を指導した被告人らにその責任があることは明白であるのに、原判決が、被告人両名において、日本中国友好協会(正統)中央本部および日本国際貿易促進協会の関係者ら約三〇〇名をその場に一団として集合させたうえ、その集団に向かつて演説をしたり、シュプレヒコールの音頭をとつたり、或るいは行動開始を宣言して行進に移らせたりすることについて、積極的に行動したことはこれを認めながら、同空港ロビー内における参集者の集合とそれに続く演説およびシュプレヒ・コールなどの一連の行動は、参集した者達がお互い同志の間でその集団の一員であることを確認し合い、共通の気持ちや意思を相互間で鼓舞・激励し合うことに、その主たる「目的と意義」があつたし、またその「態様・規模・状態」なども、空港ビル側の業務の遂行に著しく迷惑をかけるようなものに発展していたわけではなく、また集団以外の一般公衆に対して集団としての意思表示をすることを直接の目的とした示威的行動としての色彩も極めて薄いものであつたといわなければならず、更らに同ロビーから一階レストラン「オアシス」前附近に至るまでのいわゆる行進は、単なる「急速な場所的移動としての性格」が濃い行動であり、結局、空港ビル内での本件集団の動きは、あとに予定された別の場所での集団示威運動に突き進む手前の「予備的段階における勢ぞろい的な行動に過ぎず、本件では空港ロビー内外の集団行動を集団示威運動として評価させるに足る明確な証拠が十分でないとして、たやすく被告人らに対し無罪の言渡しをしたのは、証拠の判断を誤り、重大な事実を誤認したものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというに帰する。

そこで記録〈略〉および証拠物〈略〉を調べ、当審における事実取調べの結果をも参酌して、所論の当否につき、以下にこれを検討する。

一、公訴事実の要旨

被告人らに対する各起訴状および原審第一回公判における検察官の釈明によれば、本件公訴事実は、要するに、被告人両名は、日本中国友好協会関係者ら約三〇〇名が、昭和四二年一一月一二日午後二時四〇分頃から同三時五分頃までの間、東京都大田区羽田空港二丁目三番一号東京国際空港ターミナル・ビルディング内、国際線出発ロビーに集合し、東京都公安委員会の許可を受けないで、「佐藤首相の訪米阻止」、「蒋経国の来日阻止」などのシュプレ・コールを行なうなどして気勢を挙げたうえ、約五列になつてスクラムを組み、「わつしよい、わつしよい。」と掛声をかけながら、駈足行進をして、集団示威運動を行つた際、ほか数名と共謀のうえ、被告人両名において、それぞれ、集団中央部の台上から、右シュプレヒ・コールの音頭をとり、且つ煽動演説を行ない、更らに、被告人坂田において、同集団に相対して、右手を挙げ、「只今から行動を開始する。」と指示し、スクラムを組ませて行進をさせ、以つて右無許可の集団示威運動を指導したというにある(罪名は昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反、罰条は同条例第一条・第五条、刑法第六〇条)。

二、証拠の検討

そこで、問題は、右の公訴事実はこれを認むべき証拠があるか、どうかの点である。

(一)  証拠によつて認められる事実

原審公判における被告人らの各供述、原審で証人として調べられた警察官や空港ビル会社職員などの目撃者および当日の行動に参加した者らの各証言、原審で証拠として取り調べられた検証調書、実況見分調書、多数の現場写真および被告人らが関係する団体の機関紙類などのほかに、当審で新らたに証人として取り調べた空港ビル会社職員などの目撃者および当日の行動に参加した者らの各証言をも総合して考察すると、本件訴因に関しては、

1、被告人坂田輝昭は、日本中国友好協会(正統)中央本部(略語は大体原判決の例に従うこととし、以下日中正統と略称する。)の常任理事で、教宣委員長をしていた者、同山本庄八は、日本国際貿易促進協会(右のようにして、以下国貿促と略称。)の関西本部友好商社部会副委員長をしていた者であること、

2、右の両団体は、佐藤首相が米国首脳と会談するため昭和四二年一一月一二日訪米するようになつたことにつき、これは日本と中国との友好関係を害うものであるとして、これに反対する態度を採り、その前日には、被告人坂田において正規の手続きにより公安委員会の許可を受けたうえ、東京都千代田区の清水谷公園で同じような団体による「佐藤訪米反対」の集会やそれに引き続くデモ行進を行ない、また予ねて機関紙などを通じ、首相の訪米阻止のため、その当日羽田空港に参集するように、広く両団体の関係者に呼びかけていたこと、

3、両団体の関係者は、その日(一二日)の昼頃から、三々五々、東京都大田区羽田空港二丁目三番一号の東京国際空港ターミナル・ビルディング(以下空港ビルと略称)、二階の国際線出発ロビー(以下ロビーと略称)内に集つて来て、可なりの数になつたが、まだ他の多くの一般乗客と入り混つた状態にあつたこと、

4、そこで、被告人坂田としては、参集者を一団としてロビー内の一ケ所に纏める必要を感じ、同日午後二時四〇分頃、右ロビーの北西寄りにある高さ一メートル足らずの人造大理石製のたばこ吸殻入れの上に立つて、「佐藤首相訪米阻止の目的で来た人は集つて下さい。」と呼びかけたところ、約三〇〇名が、これに応じて、同被告人を中心にその周囲へ集合したこと、

5、それで、被告人坂田は、これらの者に対し、先ず、自ら、「首相の訪米を断固阻止しよう。」という趣旨の演説をした後、司会者役となつて、集合した人達に対し、最初に、日中正統の会長として黒田寿男を、次いで、関西の代表として被告人山本を、最後に、青年代表として森川忍を順次紹介したこと、

6、これらの人達は、次ぎ次ぎに、右たばこの吸殻入れの上に上つて、「首相の訪米を阻止する。」とか、「蒋経国の来日に反対する。」などという趣旨の演説を行つたこと、

7、被告人坂田は、右のような演説が終る毎に、右吸殻入れの上に立つて、拳を高く突き上げながら、「佐藤訪米反対。」、「蒋経国来日反対。」、「毛沢東思想万才。」などという趣旨のシュプレヒ・コールの音頭をとり、同山本も、自分の演説の後には音頭をとり、その都度、集まつた人達一同に大声で唱和をさせたこと、

8、被告人坂田は、森川の右演説の後、最後のシュプレヒ・コールを終えると、その日の午後三時四分頃、右吸殻入れの上から、参集者一同に向かつて、「これから行動を開始する。」宣言をしたこと、

9、すると、これに呼応して、右の中の一部の者らは、直ちに、同ロビー北側中央案内所の前附近で、西方を向きながら、横に五、六列・縦に十数列に並び、先頭部分の者らはスクラムを組んで、直ちに走り出すと共に、直ぐ左に向きを変え、ロビーを半周するような形ちで、ロビーの南東角にある職員通路の方へ向かい、その他の者らも、大半がこれに続き、その際、「わつしよいわつしよい。」とか、「訪米阻止。」などと掛声をかける者も中にはあつたこと、

10、一団は、あつという間に、右職員通路を駈け抜け、途中の階段を降りて、一階階段脇にあるレストラン「オアシス」前附近に至つたこと、

11、しかし、一団は、そこで、折柄同所へ待機していた警官隊に行く手を阻まれ、暫らくこれと相対持して小競合いを繰り返えしたりしたが、結局は、規制されて、遂いにそれ以上の行動には出ることができなかつたこと、

12、当日の参集者は老若男女とも総べて平服で、中にはゼッケンをつけた者が若干いる程度で、角材や鉄パイプ等はもとより、旗・プラカード・幟りなどを持参したり、腕章や棒などをつけたりしている者は殆んどいなかつたこと、また参集者は携帯用マイクを持参せず、従つて、発言者もこのようなものを使用していなかつたこと、

13、その頃同空港では、国際線の発着は平常通り行われており、ロビー内には本件の集団以外に一〇〇名以上の一般乗客およびその見送り人等が居合わせ、また周囲の店舗も平常通りに店を開いて営業をしていたが、歓送迎用のフインガーに通ずるコイン・パッサーや有料待合室の業務は既に本件発生前から停止され、相当数の職員による警備態勢がその附近を重点としてとられていたところ、本件集団の動きに伴い、空港としては、ロビーに接する有料待合室およびコイン・パッサーの前に警備員をして人垣を作らせ、また同ロビー周辺の花屋やギフト・ショップ等の売店の中には、店頭の商品を片づけ、遂いにはシャッターをおろすものも出、空港ビルの塔乗案内も騒音のため時には聴取できないような事態も生じ、本件後には、前示の人造大理石製のたばこ吸殻入れがその場に押し倒されていたこと、

14、その間、空港ビルの管理者としては、再三、放送により、同ビル内での集会やデモ等は禁止されているから、直ちに中止するようにとの警告を発しているが、現場近くで警戒に当つていた警察官としては、特に警告を発したり、行為を制止したりするなどの措置は採つていないこと、

15、右のようなロビーの内外における本件集団の行動については、もとより事前に東京都公安委員会に対しその主催者から許可の申請がなされた形跡はなく、従つて何ら同委員会の許可もなかつたこと、などの諸事実が明らかである。

いうまでもなく、右1および2の事実は、被告人両名や日中正統および国貿促の本件行動以前の事実に関するもの、3ないし12の事実は被告人両名らの本件行動に関するもの、13は本件行動の結果として発生した事実に関するもの、14は本件の行動に際し空港ビルの管理者や警察官が採つた措置に関するもの、15は本件行動につき公安委員会の許可があつたか否かに関するものである。そして、右のうち、13および14の前段を除くその余の事実は原判決が一応これを肯定しているところであり、唯だ右の13および14の前段のみは、当裁判所が、所論に鑑み、証拠を検討した結果、肯認できるものと考える事実である。

(二)  問題点

そこで、検討すべきは、本件集団の右ロビーの内外における前記のような一連の行動は、一体、これをいかに評価すべきものであるかという問題である。そして、それは、原判断の当否、殊に右(一)の1ないし12、14の後段および15のような原判決の肯定している事実のほかに、更らに13および14の前段のような事実が加わることによつて、結論に相違を来たすか、どうかを検討することを意味する。

Ⅰ  本件集団行動の性格(示威性)

原判決は、右(一)の1ないし12、14の後段および15のような事実を肯定したうえ、本件集団の行動を一応ロビー内における行動とロビーからレストラン「オアシス」前附近に至るまでの行進とに区別し、それぞれを、先ずその目的、態様、規模および状態の面から考察し、更らにこれらをその後に予定された行動と関連せしめて、結局、本件の行動は集団示威運動に突き進む手前の予備的段階における勢揃い的な行動に過ぎず、それ自体としては、未だ都条例が刑罰による規制の対象として予想している集団示威運動の定型行為に合致した行動にまでは進展していなかつたものとみるのほかはないと判断している。これに対し、所論は、右(一)の1ないし12、14の後段および15の事実のほかに、13および14の前段のような事実をも主張したうえ、本件集団の行動はすべて一連のものとして把握すべく、またこれは、その目的、態様、規模および状態のいずれの面から考察しても、集団示威運動そのものであることに疑いの余地はないと主張している。そこで、所論の当否につき、以下、少しく具体的にこれを検討する。

いうまでもなく、昭和二五年東京都条例第四四号(以下都条例または単に条例と略称する。)第一条は、東京都内における集団示威運動を、すべて、東京都公安委員会の許可にかからしめている。そして、ここに集団示威運動とは、一定の計画に従つて人の意思を制圧しようとする統一的な意思を参加者以外の者に認識させるために行われる多数人の活動をいい、その方法のいかんを問わず、また参加者以外の者を直接対象とする特段の具体的な行動を必要とするわけではなく、要はそれが具体的に第三者に認識され得るような状況においてなされれば足りるものと解される。問題は、本件集団行動の実体であり、それが同条のいう集団示威運動に当るか否かの点である。

(Ⅰ) ロビー内における行動の考察

イ、意図ないし目的

原判決は、一面においては、本件のロビー内での行動に続く次ぎの段階の集団行動としては、首相やその一行、場合によつては、他の一般公衆に対する集団示威運動が予定されていたものと推認しなければならないとしながらも、その程度は、首相の一行にもつと近い距離に移動し、認識の射程距離内で、首相やその一行に対し、直接、訪米反対の気勢を挙げ、抗議の意思を伝える程度の集団示威運動を企てていたに過ぎなかつたとも思われるとしているにも拘らず、本件ロビー内における行動については、主として右の(一)、2の中段および3ないし8に記載したような諸事実を基礎に、その意図ないし目的は、参集した者達がお互い同志の間で、その集団の一員であることを確認し合い、共通の気持ちや意思を相互間で鼓舞し、激励し合うことにあつたとし、これが集団以外の他の一般乗客を主たる対象とし、それに対する示威を主要な目的として行われたものとは認め難いと説示している。

しかしながら、同ロビーは、所論もいうとおり、本来、公共性が極めて強く、多数の人が利用する場所であること並びに前記1ないし8および14の前段等からも窺われるように、該集団は予ねて考えを同じくする人達が一定の計画に従い、ロビー内に集合したもので、特定の意思に統一されている者の集団であることを明らかに他に示めす言動に出ていることおよび被告人らの行動は初めから空港ビル管理者の警告や制止を無視して継続されたものであることなどからすると、ロビー内における本件集団の行動に示威の要素が含まれていたことは到底これを否定することができない。本件集団は、もともと前記両団体の呼び掛けに応じて参集して来た人達の集りで、その意思は既に佐藤首相の訪米阻止に統一されていたのであるから、今更ら、佐藤首相訪米阻止の意思確認なり、意思統一を行なう必要があつたものとは考えられず、仮りにそのような必要もあつたとしても、その主たる意図ないし目的は矢張り示威にあつたものとみなければならない。唯だその程度は余り強くなかつたというに過ぎない。

ロ、態様、規模および状態

原判決は、主として前記3ないし8、12および14の後段のような事実並びに該場所が空港の国際線出発ロビーという場所柄から考えても、この集団のロビー内における行動は、空港ビル側の業務の遂行に著しく迷惑をかけるようなものに発展したわけでもなく、また集団以外の一般公衆に対し集団としての意思表示をすることを直接の目的とした示威的行動としての色彩もこの段階では未だ極めて薄いものであつたといわなければならないと判断している。

しかしながら、右12や14の後段から直ちに原判示のように判断することには疑問があるばかりでなく、更らにその余の事実、すなわち3ないし8のほかに13および14の前段をも併わせ考えると、その行動は矢張り或る程度は示威的な性格を帯び、またそれなりの効果を挙げているものとみなければならない。

(Ⅱ) ロビーからレストラン「オアシス」前附近に至るまでの行進について

原判決は、前記9ないし11を根拠として、この間の行進は、その情況上、要するに、急速な場所的移転としての性格が濃い行動であつたといわなければならないと判断している。

しかしながら、右の行進が場所的移転であることはもちろんであるにしても、果して右9ないし11のような事実から直ちにその集団示威的な性格を否定し去ることができるものであろうか。その示威的な性格はこれを肯定すべきものであるように思われる。

(Ⅲ) 全体的な考察

原判決は、前記1ないし12、14の後段および15の事実を踏まえたうえで、当日の集団行動については、少くともそれまでの段階ではいかなる観点からみても、集団示威運動としての性格がそれ程顕著であるとはいえないし、結局空港ビル内での本件集団の動きは、後に予定された別の場所での示威運動に突き進む手前の予備的段階における勢揃い的な行動に過ぎなかつたと判断している。

しかしながら、右のような判断は、当日の行動がレストラン「オアシス」前附近で警官隊から規制されたことに基づく結果論ともいうべきものであり、また原判決が、他の個所で、日中正統および国貿促の関係者が当日行なおうとしていた集団行動は未発の段階で阻止されたとはいえ、条例の上では、兎も角主催者側から公安委員会に許可の申請をしなければならない筋合いのものであり、また空港ロビー内外での行動にしても、予備的とはいえ、それ自体、或る程度の示威的要素を具備しており、また、事実、周囲の人々に対して若干の示威的効果を挙げたであろうことも否定できないところであると思われると判断しているところと相容れない点があるばかりでなく、凡そ都条例第一条にいう集団示威運動を前記のように解する限り、ロビーの内外における本件集団の一連の行動が全体として同条にいう集団示威運動に当ることは、ここに更めていうまでもないところであろう。

Ⅱ  本件集団行動の特徴(不可罰性)

しかしながら、これが処罰すべきものであるか、否かの問題は自らまた別個に考察されなければならない。いうまでもなく、都条例第一条は、東京都内における集団示威運動をすべて東京都公安委員会の許可にかからしめ、同第五条は第一条に違反する無許可の集団示威運動を指導した者に一年以下の懲役若しくは禁錮または五万円以下の罰金という重い刑罰を以つて臨むことにしている。しかし、事柄は憲法第二一条の保障する表現の自由ということにかかる重大な事項である。さればこそ、同条例には第三条や第六条のような規定もまた置かれているのである。無許可の集団示威運動を取り締る必要性のあることはもちろんであるにしても、そのことから直ちに、同第五条の趣旨とするところが、同第一条に違反した無許可の集団示威運動を指導した者に対しては、悉く、これに刑罰を以つて臨もうとすることにあるものは考えられない。そこには、矢張り、学者のいわゆる可罰的違法性のような理論を採り容るべき余地が残されているものと考えられる。たとえ無許可の集団示威運動を指導したとしても、そこに公共の安寧に対する直接且つ明白な危険がなく、可罰的な違法性が認められない限り、その者に対しては敢えて右のような重い刑罰を以つて臨むべきものではないものといわなければならない。同条例が、指導者などを体刑を含む重い刑罰で処罰することによつて鎮圧しようとする無許可の集団示威運動とは、可罰的違法性の明確たるものであることを要するものというべきである。

これを本件についてみるに、既に述べたことからも明らかなように、本件の行動が一応同条例第一条に違反してなされた無許可の集団示威運動に当ることは、諸般の証拠上、これを否定することができないところであり、検察官は原審第一〇回公判において被告人坂田に対しては懲役六月、同山本に対しては同四月を求刑しているのであるが、原審第二回公判における検察官の釈明によれば、本件におけるように空港ビルのロビー内で無許可の集団示威運動を指導したという事案につき起訴された例はこれまでは未だなかつたというのであり、弁護人らが答弁書の中で引用している原審第九回公判において刑事訴訟法第三二三条第三号の書面として適法に証拠調べがなされた主幹日誌写〈略〉などによると、羽田空港の国際線出発ロビー内等ではこれまでも幾度びか諸種の集団による示威運動が行なわれたことが窺わわれるけれども、本件の事案における行動が、右のような事例のものと比較して特に激烈、且つ悪質であつたと推認せしめるような証拠は何もなく、却つて本件では、前記(一)の11、13および14の前段のような事実はあつたにしても、同12および14の後段のような事実もまた認められるなど、本件集団の行動は、集団示威運動としては、寧しろ比較的に犯情の軽微なものであつた部類に属し、そこに公共の安寧に対する直接且つ明白な危険があつたものとは考えられないこと並びに前記(一)の2中段のような事実もあることなどに徴すれば、本件においては、集団示威運動の可罰的な違法性が未だ明確であつたとまではいえないのである。結局、本件は可罰的な違法性がない場合とみるのが相当であつて、ここに被告人らに対し有罪の判決をすることはできないものと考えられる。

三、結論

以上のとおりであつて、原判決の判断中には、本件の行動を都条例第一条にいう集団示威運動に当らないとした点において、事実の誤認があるといわなければならないけれども、本件は可罰的な違法性がない場合であつて、そこには同条例第五条の構成要件を欠き、他にこれを有罪と認むべき証拠もないのであるから、被告人らは結局無罪たるべきものである。従つて、原判決の右のような事実の誤認は、本件では、未だ以つて判決に影響を及ぼすものではないことが明らかである。論旨は理由がないことに帰するのであつて、これを採用することはできない。

同第二について。

所論は、原判決は都条例が取締りの対象とする集団示威運動を暴力的な行動にまで発展する具体的な危険性を帯有するものに限定した点において、最高裁判所昭和三五年(あ)第一一二号、同年七月二〇日大法廷判決・集一四巻九号一、二四三頁の趣旨を誤解し、右条例の解釈適用を誤つた違法があると主張する。

そこで、その当否につき検討をすると、所論引用の最高裁判所大法廷判決は右条例の違憲でないことを判示した判例であり、一般に、集団示威運動、殊に無許可のそれを取り締る必要性のあることは、ここに更めていうまでもないところである。しかしながら、それであるからといつて、都条例第五条の趣旨とするところが、直ちに同第一条に違反した無許可の集団示威運動を指導した者に対しては、悉く、これに体刑を含む重い刑罰を以つて臨もうとすることにあるものとは考えられず、そこには矢張り学者のいわゆる可罰的違法性のような理論を採り容るべき余地が残されているものとみるべきものであることは、既に論旨第一に対する判断の二の(二)Ⅱ冒頭で述べたとおりである。

これを本件についてみるに、原判決は、前にも指摘したように、一面においては、本件両団体の関係者が当日行なおうとしていた集団行動は、未発の段階で阻止されたとはいえ、条例の上では、兎も角主催者側から公安委員会に許可の申請をしなければならない筋合いのものであり、また空港ロビー内外での行動にしても、予備的とはいえ、それ自体或る程度の示威的要素を具備しており、また、事実、周囲の人々に対して若干の示威効果を挙げたであろうことも否定できないところであるとしながらも、他面においては、都条例が、その指導者などを体刑を含む重い刑罰で処罰することによつて禁圧しようとしている無許可の集団示威運動の中に本件のような予備的な行動までも含ましめ罰則を適用することについては大きな疑問があるといわなければならないと判示している。本件の事実関係は既にみて来たとおりであつて、本件行動が未だ予備的段階にあつたとする原判断には当裁判所のたやすく賛同することのできないところであるが、本件の集団示威運動には、決して、右判例にいう「暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」ものとは考えられないことは、既に論旨第一に対する判断中で述べたところからも明らかであつて、これを以つて可罰的な違法性を具備した集団示威運動に当るものとは到底いうことができないのである。原判決の判断は、結局、当裁判所の右のような考え方と同一の結論に達しているものと考えられ、そこに所論のような判例の誤解や法令の解釈適用の誤りがあるものとはいえない。論旨は理由のないものであつて、これを採用することはできない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により、検察官の被告人らに対する本件控訴はいずれもこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。(江碕太郎 竜岡資久 桑田連平)

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